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以下のストーリーは、実際に当事務所の所員が扱った案件を全く別の内容に再構成したものです。所員については実名を記載していますが、それ以外の人物・組織・製品などについては架空の名称に置き換えており、また、当事務所の仕事をわかりやすく紹介するために事実を脚色しています。
「この『A社案件』は、大事件です。総力戦になると思う。全員そのつもりで頑張ってほしい」。ミーティングルームに招集された3名の弁理士、駒谷・長谷部・森下を前に、山本所長は言った。いつになく厳しいその表情に3人は思わず身を引き締めた
。
A社案件
それは3カ月前、米国の医薬品メーカーA社の日本法人(日本A・以下、「A社」と表記)が特許侵害で訴えられたことに端を発する。A社を訴えたのは欧州の医薬品メーカーB社。特許侵害の対象はA社が製造・販売する薬品Xだった。Xは胃潰瘍の治療に用いられる錠剤型医薬品で、この分野では世界トップシェアを持つ同社の主力製品だ。B社はXと競合する医薬品Yを製造販売している。自分たちが独自開発した製剤に関する特許技術をA社が無断で使用しているというのが、B社の訴えの要旨だった。
ライバル社からの予期せぬ攻撃を受け、A社は慌てた。充分な対抗策も準備できぬまま迎えた地裁での第一審はA社の敗訴となり、A社にはXの製造・販売の差し止めが命じられた。山本事務所がA社から助けを求められたのは、その一審判決が下った翌週のことだった。
「Xは当社の大黒柱であり、このまま製造販売が再開できなければ、当社の経営基盤が揺らぎかねない。何としてでも控訴審で逆転し、事業を再開させてもらいたい・・・・・・」。クライアントからの切実な要請を受けた山本事務所では、化学分野担当の弁理士3名(駒谷・長谷部・森下)を総動員し、この数週間にわたって事実関係に関する調査を進めてきたのだった
。
3人から提出された資料に目を通しながら、所長は言った。「では、調査結果を報告してもらおうか」
所長に促され、長谷部が報告をはじめた。
「B社の特許ですが、これには2つあります。一つは製品の「製剤」に関する特許。もう一つは製品の「コーティング」に関する特許です
」
治療薬X、Yはいずれも錠剤であり、化合物Pが有効成分であり主成分である。Pは酸化すると機能を失うため、B社では成分合成過程で酸化防止効果のある有機化合物Qを添加しており、この技術が日本で特許として承認されている。これが「製剤」に関する特許である。ちなみにA社の場合は、独自の製法により合成過程でQとは異なる酸化防止作用を持つ物質が成分中に自然に生成するため、この添加を行っていない。
「つまり『主成分の製剤特許』に関しては、侵害の心配はないわけだな」
「そうです。だからこそB社はもう一つの『コーティング特許』でライバルを訴えてきたのでしょう」
B社の「コーティング特許」とは、錠剤製造の工程でQ等の酸化防止作用を持つ「機能物質」(Qに限定されていない)で製剤を特殊処理することで機能低下を防止するものだ。処理法がコーティングをイメージすることから「コーティング特許」と呼んでいる。これは製剤に関する特許の「分割特許※」として承認されている。地裁での一審でA社が「特許侵害」の判決を受けたのは、この分割特許に基づくものだった。
「あなたたちの見方は?」。所長の問いに駒谷が答えた。
「A社は錠剤に成分Qを使用していませんし、合成過程で生成される酸化防止物質にも成分Qは含まれていません。そもそも、A社の錠剤の機能低下防止機構は分割特許のQの機能低下防止機構とは科学的にもまったく異なるものです。きちんと立証すれば、控訴審で一審判決を覆せる可能性はあると思います」。
長谷部が続けた。「このコーティング特許自体にも疑問があります。特許が成立していますが、親特許※(製剤の特許)の明細書にはこれに関する記述がほとんどありません。分割要件違反※で無効にできるかも知れません」。
「私は『親特許』そのものも問題だと思うんです」と言ったのは森下だ。「有効成分の酸化を防ぐために酸化防止効果のある有機化合物Qを加えるのは、医薬品の製剤技術では常識で、特許に値するほどの新規性があるのか、非常に疑問です。」
「なるほど。相手方の特許を根こそぎ“つぶせる”可能性があるわけか。」3人の報告を受けて所長は考え込む顔つきになった。
翌日、「A社侵害訴訟案件」に関する基本戦略が決定した。山本所長の立てた作戦は、B社を相手に「3つの戦い」を並行して展開していくというものだった。
第一の戦いは、もちろん特許侵害訴訟における控訴審だ。一審判決を不服として控訴し、A社の錠剤が独自のものであり、コーティング特許とは異なる機能低下防止機構を有するものであり特許侵害ではないことを立証することによって、逆転勝訴をめざす。
第二の戦いは、本件の焦点となるB社の「コーティング特許」についてだ。その「無効性」を特許庁に訴え出る(無効審判請求)。特許無効の論拠は「分割要件違反※」。これが認められれば、B社の提訴理由そのものが消滅するため、侵害訴訟裁判でも自動的にA社の勝訴となる。
さらに第三の戦いとして、対象の特許(コーティング特許)の「親」である「主成分の製剤の特許」についても、特許庁に無効審判請求を行う。今のところ論拠は新規性違反だが、詳しく調べれば他にもあるかも知れない。「親特許」まで無効にできれば、“完全勝利”といえる。
“完全勝利”のために、異例の大規模チームが編成された。複数の法律事務所から集まった5名の弁護士、山本事務所の4名の弁理士、それにパラリーガルや秘書を加えた総勢約20名で構成されるプロジェクトチームだ。この大チームが米国A本社の知財担当者、本国の弁護士などとも連携して総力戦を展開する。訴訟事件が珍しくない医薬品業界においても、これほどの規模の戦いはめったに見られない。業界の注目を集める特許戦争が開始された。
最初の戦場となったのは、侵害訴訟裁判の控訴審だ。
知的財産に関する控訴審は、通常の控訴審を担う高等裁判所ではなく、知財高裁という特別な裁判所で行われるが、そこでの「逆転」は極めて難しいと言われる。大部分は最初のヒアリングの段階で門前払い(控訴棄却)を食らう。第一回ヒアリングを突破しても、一審で知財担当の裁判官が出した結論を知財高裁で覆せる率は極めて低いのが実状だ。
第一関門である第一回ヒアリングの突破には「控訴理由書」が鍵を握る。これを担当した長谷部ら弁理士3名は、休日も図書室やオフィスにこもって膨大な書類と格闘した。積み重ねれば何メートルにもなろうかという書類の隅々にまで検討を加えて詳細なメモをとり、丸一週間かけて練りあげた「控訴理由書」が奏功して、ヒアリングは無事に突破できた。
その内容は、「A社が製品Xの合成過程で生じる酸化防止作用を持つ物質は、B社の当該特許にある化合物Qとは機能が本質的に異なる物質である。治療薬の有効性劣化を防止するという働きは同じであっても、化学的な作用機序はQ等の機能物質とは異質なものである
」という非侵害論であった。
これに対してB社側は「物質や機能低下の作用機序の違いは問題ではない。治療薬の効能劣化を防ぐ最終目的こそが本特許の真髄であり、その意味で特許侵害に相当するのだ」と、一審での主張を押し通した。
3年後の結審で知財高裁の下した判決は、A社の主張を全面的に支持するものだった。一審ではほとんど触れられなかった「化学物質としての作用メカニズム」を詳細に解説したことが、裁判官の判断を動かし、至難と言われる知財高裁での逆転勝訴をかちとったのだ。判決確定後、A社はただちに「X」の製造・販売を再開した。
特許侵害訴訟の勝利後、この種の無効審判としては例外的に長期戦に持ち込まれ未だ決着の付いていなかった第二・第三の戦いを継続するかどうか、山本事務所とA社は議論を重ねた。当初の要望であった「Xの販売再開」はひとまず実現できた。さらに費用と労力をかけて戦いを続ける必要があるのか
。
結論は「あくまで当初の作戦通り、すべての戦いで完全勝利をめざす」。世界企業であるA社グループにとって、製品Xはグローバル戦略の一端を担う重要要素。日本でのB社特許を放置しておけば、今後の他国での事業展開にも影響する恐れもある。ここで徹底的に相手方の特許をつぶしておくことが重要だとの判断だ。こうして山本事務所とA社は、B社の「特許(親特許・分割特許)」に対する2つの無効審判請求に引き続き注力することになった。
特許庁への無効審判請求では、駒谷と森下が大活躍を見せた。
B社の「コーティング特許」が「分割要件※」を満たしていないことを駒谷は当初から確信していた。特許の分割にさいしては「分割特許の内容が親特許の記載範囲を超えてはならない」というきまりがあるが、B社の親特許にはコーティングに関する記述がほとんどない。駒谷はB社の親特許の和文版/英文版明細書を精査するとともに、国内外の様々な資料・文献に当たって精緻な「無効論」を組み立てていった。
一方、森下は「親特許」の製法に関する先行技術を調査し、B社製法の新規性・実施可能性を厳しくチェックした。そして調査の結果、酸化防止のために化合物Qを添加するというB社の製法には、森下が最初に直観したように何ら目立った新規性がないことを裏付ける文献が見つかった。つまりB社特許は「新規性違反」の可能性が高い。しかも、それを隠そうとしてか、明細書は成分合成の具体的プロセスをぼかして記述していた。これは「実施可能要件違反※」に該当する可能性もある。
これらの事実を特許庁に効果的に提示するため、2人は有機化学の世界的権威であるS教授に、相手方の主張の科学的・技術的矛盾を証明する「鑑定書」の作成を依頼することにした。
研究室を訪れた森下にS教授は言った。「君たちに有利な文書を作るつもりはない。科学的な事実だけを書く。それでいいかね?」。森下はためらわず答えた。「結構です。先生のお考えどおり、あくまでも“真実”を書いてください。それが当事務所の方針ですから」。
※明細書通りに実施すれば発明の効果が得られるという特許の必須要件
特許庁への書面提出、審判廷での口頭審理を経て、審決が出たのは無効審判請求の提出から4年を経た、10月といいながら秋というにはほど遠い暑い日の夕方であった。
はじめに決着したのは「分割特許(コーティング特許)」の方だった。特許庁の下した審決は「分割要件違反によって無効」。駒谷が審判官たちの前で力説したように、「親特許の明細書の記述は、コーティングに関する発明を含んでいない」という事実が、特許庁に正しく認められたのだ。この第二の戦いの勝利によって、B社が「侵害された」としていた特許そのものの有効性に疑問符が付いたのだ。
最後の戦い、すなわち「親特許への審決」が出たのは、その翌週だった。
その日、東京出張を終え、大阪本部に戻るため新幹線の車中にいた山本所長は、大阪本部の弁理士駒谷から報告の電話を受けた。「勝ちました! 実施可能要件違反で“無効”です!」。興奮気味に話す彼の言葉を、所長は黙って聞いていた。
電話を切ったあと、所長は4年以上の年月にわたった長い戦いを思い返した。3人の弁理士を初めとするスタッフたちの数々の奮闘。米国のA社本社スタッフや弁護士たちも交えて、何度も開催したミーティング。意見が対立したことも度々あった。だがチームの全メンバーが、常に勝利を信じて頑張り続けたことが、この長い戦いを勝利に導いたのだ。
「完全勝利か・・・」そうつぶやいて、山本所長は静かに喜びを噛みしめた。
本部に到着した所長を迎えたのは、所員全員による割れんばかりの拍手だった。
「おめでとうございます!」「やりましたね、所長!」。いつもは知的で静かな雰囲気の事務所が、この日ばかりは大勝利の興奮にわきかえっていた。本案件に直接関わった者はもちろん、それ以外のスタッフも、外国人も日本人も、誰もが声を掛け合い、次々と所長に握手を求めた。
「みなさんのおかげです。この完全勝利によって私達はA社の世界戦略に大きく貢献することができました。当所への信頼をさらに深めることもできました。本当にありがとうございます・・・・・・」。
常に「勝利」にこだわり、どんなことがあっても絶対に手抜きをしない
山本所長がたえず口にするこのポリシーを、これからも全力で貫いていこう。大勝利の喜びに浸りながら、すべての所員が決意を新たにした瞬間であった。