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以下のストーリーは、実際に当事務所の所員が扱った案件を全く別の内容に再構成したものです。所員については実名を記載していますが、それ以外の人物・組織・製品などについては架空の名称に置き換えており、また、当事務所の仕事をわかりやすく紹介するために事実を脚色しています。
会議室のスクリーンには、2つの「マーク」が映し出されていた。
一つは「Henry」の文字に緑の葉をあしらったもの。もう一つは同じ文字とティーカップの組み合わせ。カップの中には、やはり木の葉が描かれている。

「まったく、なんということだ…」。クライアントの担当者は、苦々しくつぶやいた。
「どう見ても同じ会社のロゴですね」と、山本所長。ぼくもうなずいた。
問題は、2つが異なる会社の商標であることだった。
「文字と葉」のマークは、高級食器の老舗として知られる英国メーカーA社の商標だ。リーマンショック後のユーロ安を背景に、日本市場への本格進出を図る同社は、数カ月前に日本支社を設置し、日本での商標権を明確化するため、当事務所に商標登録を依頼した。出願業務を担当したのは、ぼくだった。
ところが、特許庁からは「類似のデザインが10年以上前に商標登録されており、出願は登録できない」と、予想外の答えが返ってきた。その類似商標が「カップ入り」の方のマークだ。登録者は東京のB社だった。世界各国の雑貨を扱う輸入商社で、A社商品についても1993年から輸入代理店として国内で販売している。このロゴマークを登録したのは1994年だから、A社との取引開始直後ということになる。
日本の商標法は、先に出願した者が優先する「先願主義(早い者勝ち)」が原則だ。このままだとA社の商標登録は日本では認められない。所長は言った。「大丈夫でしょう。どうも『不正の目的』の可能性が高いですから」。この場合の「不正の目的」とは、オリジナルの存在を知っていながら、それがまだ日本で登録されていないことを利用して権利を横取りした、という意味だ。
A社の担当者は言った。「B社は長年のビジネスパートナーでもあります。何か理由があったのかもしれません」。
「わかりました。とにかく先方に当たって調べてみましょう」。
こうしてぼくは、A社の代理人としてB社との交渉を任されることになった。
「カップ入りマークは、当時の当社(B社)社長が、A社社長の了解のもとで商標登録した。2人はとても仲が良く、当時日本での販売ルートを持たなかったA社は、ブランド浸透と販売拡大のため、日本における商標を当社に譲り渡したのである。ただし、譲渡にあたっての契約文書などは残っていない」というのが、われわれの問い合わせに対するB社の説明だった。当事者である2人の元社長はともに故人となっていて、ことの真偽はもはや確かめられない。「仲が良かった」というわりに手紙類などが一切残ってないのは、不自然な気もするが、それはひとまず措くとしよう。
ぼくは交渉代理人として、クライアントからの提案を文書にして相手に送った。「過去の経緯はどうあれ、いまA社は日本市場での本格展開を進めている。ついては御社(B社)が持つ商標をA社に譲渡してもらいたい。もちろん相応の対価は支払う。御社との代理店契約もこれまで通り継続する」。B社にとって悪い話ではないはずだった。
だが1週間後、返ってきた回答は、ぼくの予想とはやや異なっていた。「商標は譲渡してもいいが交換条件がある。昨年御社(A社)が設立した日本法人に当社も出資させてもらいたい。10年以上前からこの商標で日本でのビジネスを展開してきた当社が経営に参画すれば、御社にとってもメリットは大きいはずだ」。B社の提案には、この機に乗じてA社製品の独占販売権を固め、さらに従来からのビジネスも強化拡大しようという思惑が透けて見えた。
A社の返答は「NO!」だった。当然だろう。日本進出はA社のグローバル戦略の一環であり、一販売代理店に過ぎないB社が口を出せる筋合いのものではない。過去の事情はわからないが、本来他人のものである商標権を交換材料に、経営に参画しようというやり口は、どう見てもフェアとは言えない。
結局、譲渡交渉は決裂に終わった。A社はB社との販売代理店契約を破棄し、パートナー関係を解消。そしてA社と当事務所は、特許庁に対しB社商標登録の「無効審判」を請求することにした。
商標の無効審判とは、「本来、登録されるべきでなかった商標」を無効にする制度だ。たとえば他人のデザインを剽窃した商標などが誤って登録された場合、これを正し、本来あるべき(正当な)知的財産権を守るためにこの制度が設けられている。無効審判請求を受けた特許庁が当該商標を審理して「無効審決」を下せば、その商標権は「最初からなかったもの」となる。
特許庁への無効審判請求書を作成するため、ぼくはあらためて今回の論点を整理した。商標の無効審判を請求する理由にはいくつかのタイプがあるが、今回のケースでは商標法第4条1項7号「公の秩序を害するおそれがある商標」が該当しそうだ。
クライアントA社の商標は、本国英国ではもちろん登録されており、欧米での知名度も高い。商標には先使用権というものもあるが、今回のように、海外有名ブランドに「明らかに似せた商標」の場合は適用されないだろう。B社の登録が「両者の合意」に基づいていたという証拠が何も残っていない以上、「故意に似せた商標を無断で登録した」と主張して第4条1項7号で無効にできる可能性は高い。
だが、それだけでは万全とは言えない。僕たちは商標法第4条1項15号「他人の商品と混同を生ずるおそれのある商標」も視野に入れた無効請求を行うことにした。そのためにはB社が類似商標を登録出願した当時、A社の商標が日本ですでに高い「周知性・著名性」を持っていたことを立証する必要がある。「周知」とは、一定範囲でよく知られていること、「著名」とは日本中の誰もが知っていることだ。このケースでは「著名」とまではいかなくても、(ハイクラス層など)一部の人々には「周知」されていたことを示せる証拠がほしい。
ぼくは「1994年当時の日本でA社ブランドが“周知”だったことを示す資料」の提供をクライアントに依頼した。だが、日本進出にともなう業務に忙殺されているのか、担当者からはいくら待っても返事がこない。「どうやら自分たちでやるしかないようだ」。ぼくは商標担当の当事務所の外国人弁護士 マーティン・ヘイマンと協力して、自力で証拠集めを開始した。
まず取りかかったのは、インターネットでのサーチだ。数日をかけてファッション・雑貨関係のウエブサイトをくまなく検索した結果、A社に関するかなりの量の情報にヒットできた。そのいくつかにはA社の正式なマークの画像も含まれている。Aのブランドが日本国内でかなりの「周知性」を持っていることは、ある程度立証できそうだ。
だがそれはあくまで現在の状況だ。10年以上前のB社の登録時(正しくは、特許庁が登録するとの判断を表示したとき)において、すでにAブランドが周知・著名であったことを主張するには弱い。Aブランドの誕生から現在に至る歴史を詳しく解説したページなどもあったが、直接的な証拠とは言い難かった。
最も有力なのは、当時よく読まれていた雑誌や人気TV番組などで、Aブランドが取り上げられていたことを示す資料だ。ひょっとすると販売代理店だったB社がそんな資料を保有しているかも知れないが、もちろん提供を頼むわけにはいかない。高級雑貨を扱う流通業者に片っ端から電話してみたが、そんな昔の販促資料を大事に保存している店は一軒もなかった。
行き詰まりそうになった状況を打開してくれたのは、結局、インターネットだった。特許担当の田中謙二がある雑貨コレクターの個人サイトに「過去の雑貨関連の雑誌・記事を大量にスクラップしている」という記述を見つけたのだ。すぐさまサイト管理者と連絡をとり、送ってもらった20年分以上の膨大な生活情報誌やファッション誌の山を、ぼくたちは数時間かけて精査した。
結果は実り多いものだった。80年後半~90年代の特集記事の中で、Aは「英国を代表する陶磁器の高級ブランド」として何度も取り上げられていた。ついに最有力の証拠が見つかったのだ。
われわれの提出した無効審判請求に対し、B社からは何の答弁もなかった。明らかに自分たちの分が悪いと見たのだろう。「両者の合意」というのは、やはり嘘だったようだ。
7ヶ月後、特許庁の下した審決の要旨は、以下の通りだ。
* * *
「
B社は、H社の商標が日本において商標登録されていないことを利用し、H社の商標を剽窃し登録を受けた。この登録出願の経緯は著しく社会性を欠いている。商取引の秩序を乱し、ひいては国際信義に反し、公の秩序を害するものであり、商標は無効とする
」。
特許庁の審判によって、B社の商標は“存在しないもの”になり、A社の正式なロゴマークが、日本でも登録されることになった。
* * *
「ありがとう。こちらがほとんど資料を提供できなかったにも関わらず、山本事務所は素晴らしい働きをしてくれた。これからも日本での事業展開において、いろいろと力になってもらいたい」。クライアントからこのようなメッセージが届いた夜、ぼくたちは所長を囲んでこの案件に関するミーティングを開いた。
近年、中国などで日本の企業名や商品名、地域ブランドが第三者に無断で商標登録される事件が多発しているが、今回のケースは、逆に日本法人が海外ブランドを乗っ取ろうとしたものだった。「日本人として恥ずかしい話だが、あなた達の働きで、わが国では知的財産権が適切に保護されることを他国に示せた」と、所長は言った。
だが、今回ぼくたちが経験したように、一度他国で登録された商標を取り消すには、多大な費用と時間がかかる。「自社ブランドを守るには“先手を打つ”ことの重要性を、クライアントにさらに啓蒙していく必要がある。それが結果的にクライアントの負担を少なくすることになるんだ」。そう言って、所長はミーティングを締めくくった。